展示室1短刀と刀装具 国宝「日向正宗」
最初に、短刀と拵などの刀装具を展示しますが、最初のケースで重要美術品の短刀「名物豊後正宗」[図2]、奥の中央ケースで国宝「名物日向正宗」[図1]と拵を展示いたします。館蔵の正宗の名物短刀2点を一緒に展示するのは久方ぶりです。それに合わせて鷹司家寄贈の短刀「八重姫貞宗」と拵も展示し、展示室2の国宝「徳善院貞宗」とともに正宗と貞宗の作風の違いがうかがえます。このほか、象彦の宇治川先陣蒔絵の硯箱[図3]と料紙箱、太刀や脇指の蒔絵拵[図4]など、短刀の名品と華やかな刀装具などでお迎えいたします。

国宝
短刀 無銘正宗 名物日向正宗 正宗作
鎌倉時代・14世紀図1
「日向正宗」は、石田三成が妹婿福原直高に与え、関ケ原役で水野日向守勝成が手に入れたことによる。正宗短刀の筆頭にあげられる名刀。

重要美術品
短刀 無銘正宗 名物豊後正宗 正宗作
鎌倉時代・14世紀図2
豊後正宗は『享保名物帳』に載る。豊後の号は応仁の乱の東軍の将、多賀豊後守高忠の所持による。

宇治川先陣蒔絵硯箱 象彦製
明治時代・19〜20世紀図3
佐々木高綱が梶原景季と宇治川合戦で先陣を争った場面で、硯箱に先を行く高綱が描かれている。三井家の先祖は佐々木氏であるところから、この画題が好まれた。

葵紋蒔絵合口(短刀 八重姫貞宗の拵)
江戸時代・18世紀図4
北三井家十代・三井高棟の娘裕子が嫁いだ鷹司家から寄贈されたもの。鷹司家から五代将軍・徳川綱吉の養女となり、水戸徳川家に嫁いだ八重姫が所持した短刀(銘貞宗)の合口の拵。

国宝
短刀 無銘正宗 名物日向正宗 正宗作
鎌倉時代・14世紀図1
「日向正宗」は、石田三成が妹婿福原直高に与え、関ケ原役で水野日向守勝成が手に入れたことによる。正宗短刀の筆頭にあげられる名刀。

宇治川先陣蒔絵硯箱 象彦製
明治時代・19〜20世紀図3
佐々木高綱が梶原景季と宇治川合戦で先陣を争った場面で、硯箱に先を行く高綱が描かれている。三井家の先祖は佐々木氏であるところから、この画題が好まれた。

葵紋蒔絵合口(短刀 八重姫貞宗の拵)
江戸時代・18世紀図4
北三井家十代・三井高棟の娘裕子が嫁いだ鷹司家から寄贈されたもの。鷹司家から五代将軍・徳川綱吉の養女となり、水戸徳川家に嫁いだ八重姫が所持した短刀(銘貞宗)の合口の拵。

重要美術品
短刀 無銘正宗 名物豊後正宗 正宗作
鎌倉時代・14世紀図2
豊後正宗は『享保名物帳』に載る。豊後の号は応仁の乱の東軍の将、多賀豊後守高忠の所持による。

宇治川先陣蒔絵硯箱 象彦製
明治時代・19〜20世紀図3
佐々木高綱が梶原景季と宇治川合戦で先陣を争った場面で、硯箱に先を行く高綱が描かれている。三井家の先祖は佐々木氏であるところから、この画題が好まれた。

葵紋蒔絵合口(短刀 八重姫貞宗の拵)
江戸時代・18世紀図4
北三井家十代・三井高棟の娘裕子が嫁いだ鷹司家から寄贈されたもの。鷹司家から五代将軍・徳川綱吉の養女となり、水戸徳川家に嫁いだ八重姫が所持した短刀(銘貞宗)の合口の拵。

重要美術品
短刀 無銘正宗 名物豊後正宗 正宗作
鎌倉時代・14世紀図2
豊後正宗は『享保名物帳』に載る。豊後の号は応仁の乱の東軍の将、多賀豊後守高忠の所持による。

宇治川先陣蒔絵硯箱 象彦製
明治時代・19〜20世紀図3
佐々木高綱が梶原景季と宇治川合戦で先陣を争った場面で、硯箱に先を行く高綱が描かれている。三井家の先祖は佐々木氏であるところから、この画題が好まれた。

葵紋蒔絵合口(短刀 八重姫貞宗の拵)
江戸時代・18世紀図4
北三井家十代・三井高棟の娘裕子が嫁いだ鷹司家から寄贈されたもの。鷹司家から五代将軍・徳川綱吉の養女となり、水戸徳川家に嫁いだ八重姫が所持した短刀(銘貞宗)の合口の拵。

展示室2国宝「徳善院貞宗」
貞宗は、正宗の実子とも養子とも伝えられますが、相州伝の二人の最高傑作が展示室1と2で見られます。大きさ的には脇指といえますが、国宝指定書では「短刀」として指定されています。豊臣秀吉が所持し、五奉行の一人前田徳善院玄以が拝領したところから、「徳善院貞宗」と呼ばれました。その後徳川家康、紀州徳川家、西条松平家へと伝わり、おそらく近代になってから三井家に伝わりました。

国宝
短刀 無銘貞宗 名物徳善院貞宗 貞宗作
鎌倉〜南北朝時代・14世紀図5
展示室3如庵 茶道具の取り合わせ
展示室3は織田有楽の茶室「如庵」を写した展示室です。明治40年頃から北三井家が所有した国宝の茶室で、戦後に名古屋鉄道の所有となり犬山市に移築されました。
ここでは五月の節句にちなんだ茶道具の取り合わせです。床には三井高就筆の八幡太郎義家騎馬像 大綱和尚讃、茶碗は永樂保全の色絵兜菖蒲文平茶碗[図7]、茶器は黒中棗、茶杓は吸江斎作梅木茶杓(銘薫風)、風炉釜は佐久間将監好の瓢箪風炉釜、水指は赤絵団龍文四方水指です。

色絵兜菖蒲文平茶碗 永樂保全作
江戸時代・19世紀図6
永樂家十一代の保全作。五月の節句にふさわしい兜と菖蒲が上絵具で描かれた色絵の半筒形平茶碗。
展示室4名刀と甲冑・武者絵 酒呑童子絵巻
重要文化財7点を含む館蔵の名刀9点を一挙に展示いたします。このうち3点に蒔絵の拵が付属しています。重要文化財の刀剣は、太刀(銘則宗)[図7・8]、太刀(銘助真)、薙刀(銘一)、太刀(銘国信)、太刀(銘兼光)、太刀(銘基光)、刀(銘国広 号加藤国広)[図9]の7点、あとの2点は太刀(銘国宗)と鷹司家寄贈の太刀(銘貞真)です。

重要文化財
太刀 銘則宗 則宗作
平安〜鎌倉時代・12〜13世紀図7
備前国福岡一文字派の祖ともいわれる則宗は、後鳥羽院の御番鍛冶をつとめたと伝えられる。御物や日枝神社の国宝太刀にならぶ則宗の代表作である。

葵紋蒔絵糸巻太刀(太刀 銘則宗の拵)
江戸時代・18世紀図8
太刀(銘則宗)の拵である。梨子地に葵紋が散らされた糸巻太刀で、徳川家に伝来したものであろう。

重要文化財
刀 銘国広 号加藤国広 国広作
桃山時代・17世紀図9
加藤清正の佩刀であったところから、「加藤国広」と号している。紀州徳川家に伝来した。国広は桃山時代に京の一条堀川に住み「堀川国広」と称された。新刀鍛冶の祖といわれる。

重要文化財
太刀 銘則宗 則宗作
平安〜鎌倉時代・12〜13世紀図7
備前国福岡一文字派の祖ともいわれる則宗は、後鳥羽院の御番鍛冶をつとめたと伝えられる。御物や日枝神社の国宝太刀にならぶ則宗の代表作である。

葵紋蒔絵糸巻太刀(太刀 銘則宗の拵)
江戸時代・18世紀図8
太刀(銘則宗)の拵である。梨子地に葵紋が散らされた糸巻太刀で、徳川家に伝来したものであろう。

重要文化財
刀 銘国広 号加藤国広 国広作
桃山時代・17世紀図9
加藤清正の佩刀であったところから、「加藤国広」と号している。紀州徳川家に伝来した。国広は桃山時代に京の一条堀川に住み「堀川国広」と称された。新刀鍛冶の祖といわれる。
甲冑は、三井高安の所持と伝わり、三井家の先祖を祀った顕名霊社のご神宝とされてきた甲冑2点[図10・11]と、春日大社に伝来し火災で焼損した大鎧を近代に三浦助市が模造した甲冑[図12]です。

白糸中紅糸威胴丸具足 伝三井高安所用
桃山〜江戸時代・16〜17世紀図11
白と紅の糸で威された胴丸具足で、小札と椎実形の兜は金箔の上に漆を塗った白檀塗である。宝暦5年(1755)7月に納めたと記される具足櫃に入り、これも大正14年に修理がなされている。

模造 紫糸妻取威鎧(歌絵金物)
春日大社伝来甲冑写 三浦助市作
昭和9年(1934)(寄託品)図12
奈良の春日大社に伝来した鎌倉時代の鎧の復元模造。原品は寛政3年(1791)の火災によって焼損し、金属部分のみが伝わる。罹災前の模写図や記録によって昭和9年三浦助市が復元した。

縹糸素懸威胴丸具足 伝三井高安所用
桃山〜江戸時代・16〜17世紀図10
伊予札に銀箔を押し、縹色の糸で素懸に威した胴に烏帽子形の兜が付く。記録では安永年間(1772〜1781)に奉納されたとあり、大正14年に修理がなされている。

白糸中紅糸威胴丸具足 伝三井高安所用
桃山〜江戸時代・16〜17世紀図11
白と紅の糸で威された胴丸具足で、小札と椎実形の兜は金箔の上に漆を塗った白檀塗である。宝暦5年(1755)7月に納めたと記される具足櫃に入り、これも大正14年に修理がなされている。

模造 紫糸妻取威鎧(歌絵金物)
春日大社伝来甲冑写 三浦助市作
昭和9年(1934)(寄託品)図12
奈良の春日大社に伝来した鎌倉時代の鎧の復元模造。原品は寛政3年(1791)の火災によって焼損し、金属部分のみが伝わる。罹災前の模写図や記録によって昭和9年三浦助市が復元した。

縹糸素懸威胴丸具足 伝三井高安所用
桃山〜江戸時代・16〜17世紀図10
伊予札に銀箔を押し、縹色の糸で素懸に威した胴に烏帽子形の兜が付く。記録では安永年間(1772〜1781)に奉納されたとあり、大正14年に修理がなされている。

白糸中紅糸威胴丸具足 伝三井高安所用
桃山〜江戸時代・16〜17世紀図11
白と紅の糸で威された胴丸具足で、小札と椎実形の兜は金箔の上に漆を塗った白檀塗である。宝暦5年(1755)7月に納めたと記される具足櫃に入り、これも大正14年に修理がなされている。

模造 紫糸妻取威鎧(歌絵金物)
春日大社伝来甲冑写 三浦助市作
昭和9年(1934)(寄託品)図12
奈良の春日大社に伝来した鎌倉時代の鎧の復元模造。原品は寛政3年(1791)の火災によって焼損し、金属部分のみが伝わる。罹災前の模写図や記録によって昭和9年三浦助市が復元した。

武者絵は、掛軸では狩野美信筆の八幡太郎義家図[図13]、安田靫彦筆の九郎義経。象彦製の蒔絵額では巻狩蒔絵額[図14]・宇治川先陣蒔絵額などの武者絵です。このほか、亀岡規礼筆の酒呑童子絵巻全3巻の武者絵的な場面[図15]を展示いたします。この絵巻は各巻の長さが14m前後ありますので、場面を選んでの展示になります。

巻狩蒔絵額 象彦製・瀬川嘯流作
昭和時代初期・20世紀図14
狩装束をつけて騎乗する二人の武士が蒔絵で表されている。巻狩は狩場を多人数で囲み、獣を中に追い詰めて射取る狩猟法で、源頼朝が行った富士の巻狩が有名である。

酒呑童子絵巻 全3巻 亀岡規礼筆
江戸時代・19世紀図15
平安時代、源頼光ら6人の武者が、都から貴族の娘をさらう鬼「酒呑童子」を討つ物語を描いた絵巻。円山応挙の弟子亀岡規礼の筆である。

八幡太郎義家図 狩野美信筆
江戸時代・18世紀図13
八幡太郎と呼ばれた源義家(1039〜1106)が、後三年の役の際、雁の列が乱れるところから、野に伏す兵を察知したという逸話を画題とした武者絵である。

巻狩蒔絵額 象彦製・瀬川嘯流作
昭和時代初期・20世紀図14
狩装束をつけて騎乗する二人の武士が蒔絵で表されている。巻狩は狩場を多人数で囲み、獣を中に追い詰めて射取る狩猟法で、源頼朝が行った富士の巻狩が有名である。

酒呑童子絵巻 全3巻 亀岡規礼筆
江戸時代・19世紀図15
平安時代、源頼光ら6人の武者が、都から貴族の娘をさらう鬼「酒呑童子」を討つ物語を描いた絵巻。円山応挙の弟子亀岡規礼の筆である。

八幡太郎義家図 狩野美信筆
江戸時代・18世紀図13
八幡太郎と呼ばれた源義家(1039〜1106)が、後三年の役の際、雁の列が乱れるところから、野に伏す兵を察知したという逸話を画題とした武者絵である。

巻狩蒔絵額 象彦製・瀬川嘯流作
昭和時代初期・20世紀図14
狩装束をつけて騎乗する二人の武士が蒔絵で表されている。巻狩は狩場を多人数で囲み、獣を中に追い詰めて射取る狩猟法で、源頼朝が行った富士の巻狩が有名である。

酒呑童子絵巻 全3巻 亀岡規礼筆
江戸時代・19世紀図15
平安時代、源頼光ら6人の武者が、都から貴族の娘をさらう鬼「酒呑童子」を討つ物語を描いた絵巻。円山応挙の弟子亀岡規礼の筆である。

展示室5十二類合戦絵巻と武者人形・能人形
ここでは十二類合戦絵巻
全3巻を展示します。動物が擬人化されてどこか漫画チックで楽しい絵巻です。甲冑をつけた動物たちの合戦場面は人間さながらです。これも各巻10m以上の長さがあり場面を選んでの展示になります。
独立ケースでは五月飾りのうち、かわいらしい武者人形や能人形を展示いたします。

十二類合戦絵巻 全3巻
江戸時代・19世紀図16
十二支の動物たちと狸とその一味との合戦物語である。重要文化財の「十二類絵巻」(個人蔵)を江戸時代に写したものである。中世に盛んとなった異類物文芸の御伽草子の一つといえる。
展示室6ミニチュア五月飾り
小さな展示室6では、五月飾りの中から、ミニチュア的な武器武具や旅道具を展示します。

五月飾り ミニチュア武器武具
江戸〜明治時代・19世紀図17
五月飾のうち、ミニチュアの火縄銃・大筒・ゲベール銃などの武器に、三井家の四ツ目結紋の馬印と丸にト紋の纏、同じく家紋の幔幕など。細密工芸としてよくできている。
展示室7三井家の五月人形
三井家の雛人形は、桃の節句ひな祭りの季節に「三井家のおひなさま」として恒例の展覧会となっていますが、三井家の五月人形を展示する機会は今までほとんどありませんでした。今回の展示がほぼ初めての展示になります。
端午の節句の飾り物である五月人形や五月飾りは、武将や刀剣・甲冑・弓矢・幟など尚武の気風に満ちた武将や武器武具が主体となります。この度の「名刀と甲冑・武者絵」の展覧会にふさわしい内容といえます。
展示する作品は、主に近代以降の財閥時代に製作されたもので、北三井家と伊皿子三井家からの寄贈品ですが、各個人を漢字一文字で表す三井家独特の「御印」ごとに展示いたします。

五月人形 神功皇后・武内宿祢 2体 章印(三井之乗) 三越製
昭和初期・20世紀図18
北三井家十一代・三井高公(1895〜1992)の四男 三井之乗(1931〜2013)の所持。三越製である。

五月飾り 平安朝飾馬 1躯 章印(三井之乗)
昭和初期・20世紀図19
箱書に「平安朝 飾馬」とあり、式正の馬具を備えた飾馬である。章印の三井之乗の所持品。